ぼくたちの失敗 森田童子ベスト・コレクション(東芝EMI, 2003年)

Moritadoji_2なんとなく、しかしどうしても森田童子が聴きたくなり、ツタヤに行ってCDを借りてきた。

かつてアナログレコードは一枚だけ、「マザースカイ」というのをもっていた。好きな歌は「逆光線」という短い歌だった。リストカットの歌だ。このベスト盤には収められていない。「高校教師」というTVドラマでリバイバルしたらしいが、そのドラマはかけらもみたことがない。80年代の終わりごろから長いあいだテレビのない生活をしていたので、しかたないのだ。

70年代的なものに思い入れやノスタルジーはまったく持っていないし、特に森田童子のファンでもなかったのだが、LPを一枚もっていたのだから、関心はあったのだろう。

あったのだろう、どころか実はコンサートに一回だけ行ったことがある。捨てられないものをしまった櫃の奥に、そのときのチケットの半券をみつけたので、記念にスキャンして載せておくことにする。1983年12月、吉祥寺前進座でのライヴ。ちょっと調べると、このときで活動を停止したらしい。思えば貴重なライヴをみたのかもしれない。丸尾末広のイラストをあしらった、実に美しいチケットだ。話はずれるが、このころまでのコンサートチケットは、心のこもった、味わいのあるものがよくあったと思う。その後、急速に電算処理の味気ない印字だけのチケットが主流になっていった。

ほぼ四半世紀ぶりに聴いて思ったのは、死と挫折と孤独をうたい続けた森田童子の歌は、実は「健康」なのではないだろうか、ということだ。これはもちろん揶揄しているのではなく、評価のことばである。その評価に到る経路は、今はうまく説明ができないが。

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孫娘ベース

というわけでジェフ・ベックに30年ぶりくらいに感心したので、とまらなくなってYou Tubeで動画を探して見てみた。そしたら「クロスロード・ギター・フェスティバル2007」というステージの動画があって、ジェフ・ベックのとなりで、えらい若い娘がベースを弾いている。ちっちゃくて、いきいきしていて、かわいい。これはなんというベーシスト? といろいろ見ていると、Tal Wilkenfeldという人らしい。

まるで孫娘みたいに見える。まだ二十歳ちょっと出たくらいだそうだ。ジェフ・ベックは還暦を過ぎてるから、実際、おじいちゃんと孫娘と言ってもおかしくない。

萌えた! もしこの組み合わせで来日するなら、チケット買ってもいい。スタンリー・クラークと来日したとき見に行って以来になるな。ウドー音楽事務所の前に並ぶか。あ、いまは違うのか…はは。

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JEFF BECK/LIVE AT BB KING BLUES CLUB (EPIC,2003年)

Jeff中学生のとき、友達の部屋で「ライヴ・ワイアー」を聴かしてもらって、「なんかカッコイイなあ」と思ったのがきっかけで、十代の頃は生意気にも「好きなギタリストは……ジェフ・ベックだな、やっぱり」なんて言っていたりしたものである。

しかし「ライヴ・ワイアー」以後のアルバムはほとんど聴かなかった。かつて「ギターショップ」は買ったけれども、そのときは特にいいとも思わなかった。最近このライヴ盤を手に取ったのも、「へえー、まだやってるんだ」という冷やかし気分である。そしたらそしたら……。「これはちょっとすごいかもしれないぞ」。

「老いを知らない」なんて文句はたいていウソだと思っている。とりわけロックは若さの音楽である。再結成とかにロクなものはない。テクニックがあっても、体力があっても、意志があっても、眼にみえない「コラーゲン」みたいなものが失われてゆく。しかしここのジェフ・ベックは、たしかに昔と音はちがうのだけれども、何かコラーゲンにみちみちているような感じがするのだ。

NADIAという曲にうっとりし、ビートルズのカヴァーA DAY IN THE LIFEの演奏にひきこまれた。この人は本当に老いを知らない、まれな人かもしれない。

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KAKI KING/Legs To Make Us Longer(EPIC,2004年)

Kakiking出町柳の某町屋ふう「カフェ」で渋茶を飲んでいたら、かかっていた音楽が妙に印象深かったので、店員のお姉さんを呼びとめて「この音楽は誰ですか」とたずねてみた。お姉さんはちょっと確認してくれて「カキ・キング」です、と教えてくれた。

は?柿キング? なんか「殿様キングス」みたいな名前だな、とそのときは思ったがメモしておいて、あとでネットで調べると「カーキ・キング」と読むそうだ。後日河原町オーパのタワレコによぼよぼと這いのぼってこのCDを買ってきた。

若い女性ギタリストのインスト曲集で、帯には「そのテクニック、切れ味抜群、新たなるギタリスト伝説に加わる逸材」とあるけれど、聴いていると超絶テクのギタリストという印象はしない。むしろシロウトっぽい感じがする。ギターをさわっていると、何か曲を練習するというのではなくて、適当に弦をはじいたりして自分勝手な音を出してひとりで悦に入るときがある。そういうところから音楽になっていった感じがする。単なる想像だけれども。

それと、これはライナーにもふれられているのだが、曲の印象として「暗い」のが多い。それがユウウツな暗さではなくて、繰りかえし聴いても重くならない、不思議な暗さである。すっと入ってくるし、落ち着くし、いろんな気持ちになる。気に入った。今年の年越しはこれを聴いてすごそうと思う。

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川村かおり/CAMPFIRE(PONY CANYON,1989年)

Kaorikawamura山猫の愛するものに、<フラットな、深みのない少女の声>というのがある。あんまり甘味とか潤いを感じさせない、かといってハスキーでない、カッターナイフで紙をスパっと切ったような声が好きなのだ。

初期の川村かおりはちょうどそんな声をしていた。声が好きというだけでなく、このCDは、全曲シングルカットOKみたいな、名盤だと思う。全曲、高橋研という人の作曲。最近ひさしぶりに聴きなおして感心した。当時は聴くのに照れくさい思いがあったけれど、時間が経って逆に今はぜんぜん照れずに聴けるようになった。エヴァーグリーンなアルバムである。ジャケットの憂えたボーイッシュ美少女ぶりも好ましい。

山猫は当時、生計のため某私立高校で週2回、非常勤講師をしていた。朝早く起きると、死ぬほど憂鬱だった。今日もあの埃っぽい教室で一日声を張り上げるのかと思うと、うんざりした。休もうかな。ズル休みしたい。そうもいかんな。コーヒーをがぶ飲みし、煙草を吸いまくり、ヘッドホンでこのアルバムの「月曜の朝、汽車に乗って」を大音量で耳に叩きこむと、やっと立ち上がることができた。そんなことでこのCDには感謝しているのである。

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Durutti Column/Amigos em Portugal(Fandãcao Atlântica、1983)

Portugal1Portugal2 今年のフジロックフェスティバルにはドゥルッティ・コラムがやって来るのだという。一瞬「えっ」と思ったが、現役なのだから考えれば別に不思議はない。フジロックのサイトからアーティスト索引みたいなのをたどると、しわの増えたヴィニの写真を見ることができた。

かつての日本公演は行かなかった。CDやアナログ・レコードは大事にとってある。ふだんそんなに聴くわけではないけれど、なかなか処分もできない。

名盤というと「LC」だろうが、山猫が愛着しているのは「Amigos em Portugal」(「ポルトガルの友だち」?)というアルバムである。ある時期までのドゥルッティ・コラムのアルバムジャケットはどれも美しいが、これが最高だと思う。CDで音源は手に入っても、ジャケットはやっぱりアナログ盤の大きさでないとだめだ。白い鳩が数羽、未明にはばたくようなイメージ。ライナーにはポルトガル語と英語で情報が記されていて、picture by Miguel Esteves Cardosoとある。ジャケットデザインとして好ましいだけでなくて、内容をよく象徴しているように感じる(写真は表ジャケと裏ジャケ)。Amigos…はA面だけで、B面は「Dedication for Jacquline」という総題がついた楽曲群である。

よく「癒し」とか「浮遊感」とか言われるようだが、ちょっと違う。基本的には「不安と痛み」の音楽だと思う。だからそう繰りかえしては聴けない。イタイのである。たまに「やすらぎ」がある。それは暖かくて、南欧的な感じもする。「いやし」ではなくて「やすらぎ」である。たしかベルギーのクレプスキュールというレーベルからも音源が出ていたし、汎ヨーロッパ的と言ってよいのかもしれない。

追記:その後、ドゥルッティ・コラムはフジロックフェスティバルをキャンセルした。日本にもう来ないだろうか。いっそう枯れたヴィニをこの眼で見てみたい。

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E..D.P.S./DECEMBER 14th 1983 MAY 27th 1984(TOKUMA JAPAN/SKY STATIONS, 2007年)

Edps1このアルバムが発売されたとき、A面は“Sui-Cide”、B面は“Geno-Cide”と名づけられていた。ツネマツ氏もまたなぜこんな殺伐とした命名をしたものか。当時はこれがこのバンドの最後のアルバムだったせいだろうか。もちろん今回の復刻でもそのままである。もはや歴史に属している。A面は1984年5月の日比谷野外音楽堂でのライブ、B面は1983年12月の新宿ツバキハウスでのライブである。

実はこのアルバムを買うのは3枚目である。アナログ盤を所有しており、10年くらい前に発売されたCD盤も持っている。オタクか。それもある。それもあるけれど、B面のツバキハウスのライブのとき、その場にいた。だから、言ってみれば青春の記念である。前のCD盤はちょっと音がシャリシャリしていて、もっといい音で聴きたいと思っていたのだ。

ツバキハウスの対バンはゼルダとアレルギーだった。どっちが先だったかもう記憶がぼんやりしている。みじかいけどいい演奏だった。とにかく、2バンド見終わって、ステージとは離れたビリヤード台で友達と遊んでいた。そしたら唐突に、まるで地獄の釜を叩くようなドラムが鳴りはじめて、おっ、と思った。そして続くフィードバックまみれのギター音……。それがこのアルバムの6曲め。

ノン・バンドの山岸騏ノ介がバイオリンで参加していて、8曲目でその音を聴ける。いつだったか、新宿ロフトでE.D.P.S.を見たとき、この山岸氏がずっとステージ袖にいて、しかし遂に演奏しなかったときがあった。あれはどういうわけだったのだろう。

ツネマツマサトシの絵は、やっぱりCDジャケットよりアナログ盤ジャケットに軍配があがる。

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舘野泉with平原あゆみ/アイノラ抒情曲集――吉松隆の風景(avex-classics、2007年)

三条JEUGIAの3階に行ったら目にとまって買ってしまったCD。

吉松隆作曲、田部京子ピアノの『プレイアデス舞曲集』(1996年)はずっと聴いてきた。これほど繰り返し聴いたCDは他にあまりないかもしれない。実は同じCDを二枚もっている。あるとき、「もしこれが聴けなくなったらどうしよう」という不安に駆られ、もう一枚買ってきたのだ。その「予備」盤はいまだ封を切らないまま保管してある。

『プレイアデス』はそんなに好きだったから、よく周囲の人にすすめたり、プレゼントしたりもした。感想をたずねると、だいたい「BGMにぴったり」あるいは「癒される」といった類の言葉が返ってきた。クラシック愛好家で学識もある人から「ジャケットの田部京子が好きなんじゃないの?」という意味のことを言われて、がっくりして何も言えなかったことがある。だんだん人にすすめるのをやめた。特にクラシック好きらしい人には話題に出すことも避けた。一人で聴いていればいいのだ。そしてこれはクラシックとか現代音楽ではなく、いわゆる「ポップ」の名盤なんだ、と思うようになった。

今回のCDには、2002年に脳出血を起こして右手が不自由になったピアニストのために吉松が作曲したり編曲したりした曲が色とりどりに収められている。最初の七曲が舘野泉に捧げられた、左手のための「アイノラ抒情曲集」。『プレイアデス』の跳ねるような、ちがう音色の小鳥が一羽また一羽とやってきてさえずってゆくような感じはなくて、小さな草の花が咲いている小道を、行き先をたしかめながらゆっくりと散策してゆくようなイメージが浮ぶ。七番めの「カリヨン」は『プレイアデス』に近い勢いがあるが、典雅な一曲めから三曲め、ほのあかるい安らぎのある五曲めあたりが心に残る。

佐々木昭一郎のドラマ「夏のアルバム」には、主人公の少年の父親役で舘野泉が登場する。最初のほうで、たしか仕事から自宅へもどってきたばかりの父親の舘野が、いかにも試し弾きという感じでさらさらっとピアノで演奏する曲がある。あれは何という曲なんだろう。もしかして有名な曲なのかもしれないが、山猫にはわからない。シベリウス?昨年の佐々木ドラマの再放送で見て以来、とても気になる。ご存知の方がいたらそっとお教えください。

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サヨコ with Based on Kyoto in アースマーケット(春咲まつり)

Sayokobこれは本来はイベントの一環であって、「音楽ライブ」として取りあげるのは正当ではないけれど……

14日と15日、京大西部講堂と広場を会場として、「アースマーケット」というイベントがあって、盛りだくさんのプログラムが開催された。そのひとつに講堂内でのライブがあり、15日の18:00から、「サヨコ with Based on Kyoto」のライブがあると聞いて出かけたのだった。

オープニングの次の曲はボブ・マーリーのカバー。前方の客は横ノリでゆったりと踊っている。3曲めに移る頃、不意に涙が出てきた。泣いてしまったのだ。ちなみにわたしは冷血なタイプで、ウツになることはよくあるが、泣くことはめったにない。なのに涙があふれてきて困ったのだ。

なんで涙があふれたのかというと…実は山猫は今を去ること20数年前、このサヨコちゃんがいたバンド「ZELDA」(女性だけの「ガールズ・バンド」…ああ、恥ずかしい呼び名)がとてもとても好きだった。どのくらい愛していたか……はうまく書けないけれど、とにかくこれまでの人生で、あれほどに惹きつけられた何か、というものは他にいくつもない。

そのサヨコが歌って、人が踊っているのだ。(それがどうした、と言われればそれまでだが)わたしには、とにかくそれだけで自然と涙があふれてきたのである。……

もちろん、懐古だけではない。いい曲がそろっていた。サヨコの歌は、昔よりずっといいかもしれない。京都のミュージシャンたちの演奏もツボを心得た、すばらしいものだった。もう一回「追っかけ」やったろか、このバンド(笑)

このイベントの主旨は簡単に言うと「大地に根ざして生きよう」というものだが、メッセージとは関係なく、サヨコの声には昔に変わらぬ何か「超地上的なもの」があると思う。

とにかく今日、ドレッドヘアや絞り染め系ファッションの中で浮いたカッコをして涙ぐんでいる初老の男を見た人、それはわたしです。

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COWBOY JUNKIES/THE TRINITY SESSION(RCA, 1988)

Cowboyjunkies♪~before I sleep、という歌の断片がふと頭に浮んだ。これはなんだったっけかな。なんだっけ……あ、そうだ。「カウボーイ・ジャンキーズ」の曲だ。探して、聴いてみる。

1988年の発売だから、これももう20年前の音楽となった。よく聴いた。当時たしか、「午前4時の音楽」とか言われていた。宣伝文句とジャケットからすると、退廃とか倦怠とか、そういう感じにとられそうなおそれがあるが、ちがう。冷ややかで優しい音楽である。カナダのバンドで、トロントの古い教会で録音されたというせいか、音に独特の残響があり、音と音のあいだの空間におだやかな暗さがある。The Caution Horsesというアルバムも好きだった。こちらはつややかな陽が当っているが、大学の寄宿舎のあらいざらしのカーテンを秋の風がさらさらと吹いてゆくようなせつなさがあった、ような。ジャケットもとても好きだった。

♪~before I sleep、という一節は、「200 More Miles」という曲の中にあった。

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ウルトラ・ビデ+恒松正敏グループ at 磔磔

Tsunematsu「磔磔」でウルトラ・ビデ+恒松正敏グループを見てきた。最近は磔磔ばかり行っているような気がするが、だんだんそんな余裕もなくなるだろうから、よしとしよう。

最初はお客がパラパラしかいなくてどうなるかと思ったが、だんだん埋ってきて、最終的にはいい雰囲気になった。

ウルトラ・ビデははじめて見た。ツイン・ベースにドラムのトリオというハードな編成で、かなりストレートに世を憤るバンドであった。

恒松正敏は、髪こそ半白になったが、やはり体形もギターを弾くスタイルも歌う表情も20年以上前とぜんぜん変わっていない。かつてのE.D.P.S.のライブでは、恒松はときどきチョーキングで弦をぶち切っていた(近年CD化された「LAST LIVE」ではたしか2回くらい弦を切っていた記憶が)。演奏中チョーキングで弦を切るギタリストは彼以外に見たことがない。

今の恒松のギターは演奏スタイルは不変ながら、もっとナチュラルな音色になっている。アンコールも2回してくれるノリだったが、あいかわらずシャイな人で、曲間もだいたいは下をむいてチューニングしている。これまで聴いたことのない曲も数曲あった。これから新しいアルバムの制作に入るそうだ。

それはそれとして、ごく少ない経験しかないけれど、最近のライブって、どれも音が小さくないか。むかしはライブハウスなんか行ったら、そのあと一晩中耳なりがしていて、一緒にいった友だちとどなるような声で話さなければならなかったものだが……。健康への影響を配慮して適性音量が決められたせいか。いや、こっちの耳がトシのせいで遠くなっただけか。なんか納得できない。欲超爆音。

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FRICTION at 磔磔

Friction2_3磔磔でRECK+中村達也のフリクションを見る。

磔磔はオールスタンディング満員で、予定通り7時に開演。一曲目はイギー・ポップの「Raw Power」。中村達也は "Iggy Pop and The Stooges"のTシャツを着ている。レックは黒シャツに赤タオル。

フリクションのライヴって、とにかくはじまったら一気に演奏して終わり、というイメージがあったのだけど、今日のステージは、レックは笑顔みせるし、全体として緊張感の中にも余裕しゃくしゃくという印象を受けた。アンコール含めて8時半にはすべて終わったが、フリクションとしては長い方だと思う。

アンコールは「ピストル」「ゾーン・トリッパー」「100nen」の3曲。「ゾーン・トリッパー」はかなりスピードアップしたヴァージョン。

というわけで、10数年ぶりにみた「フリクション」は、期待を裏切らないステージだった。即興演奏ではないのだが、ふつうの「ロックのライヴ」とは何かちがう一回性のようなものがある。一回性? いや、ちがう。気合い? ちょっとちがう。……うーん、(よく言われることだけど)たしかにうまい言葉がみつからない。

                                                                                                    

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ROCK'N'ROLL GYPSIES at 磔磔

Rrg 「磔磔」でロックンロール・ジプシーズのライブを見て来た。山猫は大江慎也よりも花田裕之を尊敬しているのである。こんなに近くで花田を、池畑を、下山を見れるのははじめてかも。

花田は少しだけ声が荒れぎみだったが、充実した演奏だった。それにしても花田も下山もぜんぜん腹が出ていない、やっぱりロックンローラーはこうでなくちゃ……と感心。

一回目のアンコールのラストは「PASSENGER」で、二回目のアンコールのラストは「再現できないジグソーパズル」。希望を言うと、「FEMME FATALE」か「SWEET JANE」も聴いてみたかった。……

会場の物販で買ったライヴ・アルバム「Same Old BackBeat」はとてもいい。その後、繰り返し聴いている。名盤だと思う。池畑のロールするドラムで演奏する「再現できない…」もいいが、「HIKARI」「MUDDY MAN」なんかを聴いていると、花田は過去にとらわれない独自の世界を築いたんだなと感動する。アマゾンで検索しても出てこない(3月初旬現在)のは遺憾だ。

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Cornelious / SENSUOUS (Warner Music Japan,2006)

Sensuous_1 昨年あるテレビ番組でライヴ演奏していたのをたまたま見て、直感的に「買って聴いてみよう」と思ったCD。

こういう音楽が作られているとはつゆ知らなかった。昨年末からずっと聴いている。すばらしいと思う。ポエジーがある。現在そのものの、めざましいポエジー。

感動をある若猫に伝えたら、「前作の〈POINT〉の方がいい。今回のはちょっと…」という意見が返ってきた。そうなのか、と思って、〈POINT〉も買ってきて聴いてみた。なるほどこれもよくできている。しかし、あえて言えば、「想定の範囲内」だ。両者のあいだには質的にちがったものがある。

こういう「解体」は昔のニューウェイヴ・ファンにはむしろなじみがあるような。解体と同時に緻密さがあり、驚きと同時に甘味がある。とにかく感心しているのである。

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